日本語学習者のための「〜てくる」マスターガイド:移動・動作の方向編
日本語を勉強していると、必ずと言っていいほど「〜てくる」という表現に出会います。しかし、多くの学習者が「いつ、どうやって使えばいいのか分からない」と悩むポイントでもあります。
実は、言語学の研究でも、学習者にとって「〜ていく」より「〜てくる」の方が習得が難しいことが示されています。なぜなら、「いく」は自分の動きと視点が一致しやすいのに対し、「くる」は常に「話し手(自分)というゴール」を意識して、外からの動きを捉えなければならないからです。
本記事では、この難しい表現を攻略するために、焦点を**「物理的な移動(Movement)」**に絞って解説します。 ※「寒くなってきた」などの「状態の変化」は、まずこの「移動」のイメージをマスターしてから学習するのが近道です。

目次
1. 基本の形(Form)と作り方
「〜てくる」は、動作を表す「て形」に、方向を示す補助動詞の「くる」を組み合わせて作ります。
動詞のて形 + くる
「くる」の部分は、時制や丁寧さに合わせて以下のように活用します。補助動詞として使う場合、一般的には漢字(来る)ではなく、**ひらがな(くる)**で表記します。
| 辞書形 | 丁寧形(ます形) | 過去形(た形) | 過去丁寧形 |
| 〜てくる | 〜てきます | 〜てきた | 〜てきました |
💡 先生のアドバイス: ここでのメインの動詞は「どんなアクションか」を表し、「くる」は「そのアクションが話し手に向かっている」という方向を表します。
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2. 「〜てくる」の4つの主な使い方
移動に関する「〜てくる」は、大きく分けて4つの状況で使われます。
① こちらへ近づく動き(移動動詞との結合)
話し手のいる場所(視点の中心)に向かって、何かが近づいてくる状況です。以下の「移動を表す動詞」と一緒に使うのが基本です。
- よく使う動詞: 歩く、走る、帰る、飛ぶ、出る、入る、上る、降りる、戻る
- 例文: 飛行機がこちらに飛んできた。/ 母が2階に上がってきた。
② 手段・様態 + くる
「どのような方法や様子でこちらへ来たか」を表します。
- 手段(Means): 「バスできた」のように助詞を使いますが、**「歩く」だけは「歩いてきた」**と「て形」になります。
- 様態(Manner): 「走って」「飛んで」など、移動の仕方を説明します。
- 例文: 毎日、学校へ歩いてくる。/ 友達が自転車に乗ってきた。
③ 順次動作(〜してから来る)
別の場所である動作を済ませてから、ここ(話し手の場所)へ来る動きです。
- 例文: コンビニでパンを買ってきた。(=買って、それから来た)
- 例文: 友達の家でご飯を食べてきた。
④ 行って、戻る(往復・戻り)
何かをするために今いる場所を一度離れ、また元の場所に戻る動きです。
- 例文: ちょっとトイレに行ってくる。(=行って、戻る)
- 例文: 忘れ物を取りに、家に戻ってきた。
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3. リアルな場面で学ぶ!例文集(対象物の移動と「逆行態」)
「〜てくる」は人だけでなく、物や情報が自分に向かってくる時にも使われます。
- 「友達がメールを送ってきた」 (メールという対象物が、相手から自分の方へ移動した状況)
- 「隣に新しい人が引っ越してきた」 (話し手の隣という「こちら側」に移動してきた状況)
- 「お父さんが会社から帰ってきた」 (自分たちが待つ家という場所に、父が戻ってきた状況)
- 「知らない人に話しかけられた」→「知らない人が話しかけてきた」 (アクションが自分に向かってくることを強調する「逆行態」的な使い方です)
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4. 混乱を避ける!「〜ていく」との違い
この違いは、話し手の**「視点(パースペクティブ)」**がどこにあるかで決まります。話し手の場所を「ゴール(拠点)」と考えましょう。
拠点に向かう(近づく・出現する)= てくる 拠点から離れる(遠ざかる・消失する)= ていく
| 状況 | 〜てくる(近づく・出現) | 〜ていく(遠ざかる・消失) |
| 移動 | 猫が家に入ってきた。 | 猫が外へ出ていった。 |
| 天候 | 雨が降ってきた。 | 雨が止んでいった。 |
| お金 | 給料が入ってきた! | ボーナスが飛んでいった。 |
💡 先生のプロ・チップ: 「雨が降ってきた」は、雨という現象が「話し手の空間(知覚の範囲)」に入ってきたと考えるため、移動の文脈と同じ「てくる」を使います。
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5. 間違いやすいポイントと注意点
「アクション(動作)」の動詞に注意!
「勉強してくる」や「仕事してくる」は、「勉強というアクションがこちらに近づく」という意味にはなりません。これらは「一定期間その動作を続ける」または「その動作をしてから戻る」という意味になります。物理的な移動(接近)を表したい時は、必ず先ほど挙げた「移動動詞(歩く、走る、飛ぶ等)」を使いましょう。
「また」と「まだ」の混同
「往復(行って、戻る)」の会話でよく間違われます。
- また(Again): 「また漫画を買ってきたの?(以前も買ったのに、今日も買って戻ったの?)」
- まだ(Still/Not yet): 「まだ買っていない。(継続して買っていない状態)」 意味が全く異なるので、アクセントとセットで覚えましょう。
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6. まとめ
「〜てくる」をマスターするための3つの鍵です。
- 視点は常に「自分(話し手)」にある。
- 「こちらに近づく」「元の場所に戻る」がキーワード。
- 迷ったら、歩く・走る・飛ぶなどの「物理的な移動」からイメージを広げる。
日本語の移動表現は、話し手がどこにいて、どう感じているかを伝える心の鏡のような言葉です。最初は視点の切り替えが難しく感じるかもしれませんが、それはあなたが日本語の奥深さに触れている証拠です。
「飛行機が飛んできた!」「雨が降ってきた!」と、身の回りの動きを実況中継することから始めてみてください。応援しています!





